友人との会話で気づいたこと。静かな絶望と、海外移住という選択肢

友人との再会で気づいた静かな絶望と、見出した活路。

友人との会話で気づいたこと。静かな絶望と、海外移住という選択肢

先日、久しぶりに気の置けない友人たちと集まり、とある店で酒を飲みました。 2025-08-24-001.jpg 皆、普段はそれぞれの場所で懸命に働いている仲間です。しかし、その日の私はどうにも調子が上がらず、料理をあまり食べることができませんでした。最近、健康を意識して意-的に夕食の量を控えていたのが、かえって胃を小さくしてしまったのかもしれません。

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他愛のない話に花が咲く中で、ふと気づいたことがあります。それは、ここにいる何人かが、程度の差こそあれ、何かに疲弊しているという事実です。冗談めかしてはいましたが、「もう長生きなんてしたくない」という言葉が、誰からともなくこぼれました。嘘か本当かは分かりませんが、その場にいた友人たちもまた、うっすらとした希死念慮を抱えているようでした。そんな奇妙な空気が、そこにはありました。私もその一人で、「長生きはしたくない」と常々思っています。

希死念慮とHSP気質、そしてパートナーの存在

現在、私には海外に住むパートナーがいます。将来を共にすることも考えている相手ですが、彼女の存在がこの感情を薄めてくれるかというと、残念ながらそうではありません。彼女に期待していないというわけではなく、単純に、私自身の問題だからです。むしろ、誰かと一緒にいるよりも、一人でいる時間の方が心が落ち着く。この感覚が、私の根底には強くあります。

私のようなHSP気質の人間は、他人と暮らすよりも一人でいた方が、ストレスを軽減して生きていけるのではないか。そう思うことがよくあります 。幸い、私自身は音や光、匂いといった物理的な刺激には比較的強い方です。しかし、他人の感情の波に引きずられて、ひどく疲弊してしまう。特に、相手が感情的になると、そのエネルギーを受け止めるだけで消耗しきってしまうのです 。

私のパートナーも、時折その気質を見せることがあります。彼女の感情豊かな側面は魅力でもあるのですが、共に生活することを考えると、正直なところ、自分が耐えられるだろうかという不安がよぎります 。

この課題と向き合うため、最近、私自身の性質について彼女に説明する試みを始めました。HSPという気質のこと、そして私にとっては一人の時間を確保することが、消耗した精神を回復させるために不可欠なのだということを、できるだけ客観的な言葉で伝えました。また、説明だけでは感情的になりかねないと考え、HSPについて解説している英語のウェブサイトのURLも送りましたが、彼女がそれをどう受け取ったのか、確認できるのはまだ先のことになりそうです 。

海外移住という、自分らしく生きるための行動

友人たちと話していて感じたのは、彼らの何人かは、未来に大きな希望を抱いているというよりは、ただ目の前の日常を淡々とこなし、生きているということです。まるで、「死ねないから生きている」とでも言うように。夢も希望も見出しにくい、ただ緩やかに衰退していくこの国と運命を共にするしかない。そんな諦めに似た空気が漂っていました。

私もまた、彼らと同じようにうっすらとした希死念慮を抱えています。しかし、一つだけ違うのは、海外移住という具体的な目標に向けて行動している点です 。傍から見れば、それは現状からの逃避かもしれません。あるいは、この希死念慮から目を逸らすための、無理やりなポジティブ要因なのかもしれません。

正直なところ、環境を変えたからといって、この根深い感情が綺麗に消え去るとは思っていません。
それでも、行動している。それは、この閉塞した状況から抜け出し、自分という人間が最も穏やかに、自分らしく生きられる環境を能動的に手に入れたいという、ささやかな抵抗なのかもしれない、と最近は考えています。希死念-慮を抱えながら、それでも「より良く生きたい」と願い行動すること自体、一つの前向きな選択であると、今は信じたいのです。

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