曇り空の初日の出
花火の撮影を終えて一旦帰宅し、少しの仮眠を取ってから再び外へ出ました。初詣と初日の出を拝みに行くためです。
「正月らしいことはしない」と言いましたが、これらは自分のリズムを整えるための例外です。
先に初詣を済ませ、その足で浜辺へと移動しました。
空は完全に曇っていたわけではありませんが、水平線付近には厚い雲が垂れ込めており、対岸から昇る太陽を拝むのは難しい状況でした。
結局、完全な形の初日の出を見ることは叶いませんでしたが、雲の間から漏れる光を見ることはできました。
これで良しとしましょう。流石に眠気もあったので、帰宅して程なくして眠りにつきました。
ノイズを遮断する生存戦略
起きてから、新年の抱負を語らないにしても、今年はどう動くべきか、思考を整理していました。
基本方針は変わりません。社会との接点はほどほどにし、引きこもって自分のすべきことに集中する。不用意に外に出れば、他者のルサンチマンやスパイト行動(意地悪な報復)の標的になるリスクしかありません。HSP気質の私にとって、これらは最も距離を置かなければならないノイズです。
思えば、コロナ禍をきっかけに積極的に社会と距離を置き始めてから、人生が好転し始めた気がします。自分のテリトリーから消耗するだけの人間関係を排除し、事務的な対応に終始するようにしました。「変わり者だと思われても構わない」、こちらの評価などどうでもいいと思うくらいに徹底しました。
「べき」という同調圧力のコスト
年齢至上主義の日本において、「同年代と恋愛すべき」「結婚すべき」という同調圧力は異常です。
「何でもかんでも『べき』で決めつけ、固定化する」。それが互いに苦しいと分かっていても、自分にも他人にも強要する。そんな自己肯定感と権利主張ばかりが肥大化した人間と関わるのは、避けるべきリスクでしかありません。そういった関係維持を「苦行」のように捉えている人が、私の周りにも少なくありません。
一人で静かに生きようと決めた人間に対し、「逃げるな」「責任を果たせ」と、同調圧力という鎖で繋ぎ止めようとする風潮もあります。しかし、これまで築いてきた平穏な生活のリソースを、ただ不満をぶつけてくるだけの他者に明け渡す義務が、果たして本当にあるのでしょうか。
今後、国の思惑と社会の圧力によって、個人の生存リソースが強制的に徴収される可能性もゼロではありません。だからこそ、自衛が必要だと思っています。
自衛とパートナーシップ
たまたま英語学習の過程で今のパートナーと巡り会えたのは、その自衛の結果であり、幸運でした。
「もう少しくらい生きてみるか」という気にもなりました。彼女との関係には、日本の人間関係特有の「裏を読む」無駄なエネルギー消費がありません。自立心が高く、互いに依存せず、それでいて協力できる。日本人がやりがちな「きっちりとした役割分担」という窮屈な契約ではなく、自然な信頼関係だけで成立しています。
茹でガエルになる前に
組織にはそこそこ貢献し、良好な関係を保ちつつも、自分の計画を最優先で進めていきます。
当初はあと数年かけて準備するつもりでしたが、諸々調査した結果、そんな猶予はないことが分かりました。「◯年までに」という努力目標ではなく、「◯年まで」が最終デッドラインです。
すぐにでも行動できるように準備し、あとは実行に移すのみです。ここに留まっていては、茹でガエルになるのを待つだけですから。
