ぜんざいの甘みと対比したリスク回避

珍しく社会に目をやる。

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予め買っておいたぜんざいに餅を入れて食べました。 とろりとした甘みが体に染み渡ります。これといって正月らしい行事はしていませんが、こうした味覚でのみ、季節の節目を確認しています。休憩で糖分を摂取した後は、いつも通り作業に戻りました。

生存のためのデッドライン

ブログの改修、システム構築、そして英語学習。これらを淡々と繰り返しています。
世間ではこれを「意識が高い」と呼ぶのかもしれませんが、私にとっては生存のための最低限の準備に過ぎません。目標というよりも、明確な「終わり(デッドライン)」が見えているからこそ、手を動かしているだけです。

「断絶」という自衛手段

作業の合間、情報の海を泳いでいると、不意に婚活市場における騒がしい話題が視界に入ることがあります。 かつては「結婚して一人前」という価値観が絶対でしたが、今はもう、リスクや負債として捉える男性が増えているのも頷けます。

自分の人生のリソースを、ただ消費されるだけの関係に費やす義理はありません。不可逆的なダメージを負う前に、関わり自体を断絶する。それは、就職氷河期世代が身につけた、数少ない自衛手段の一つなのかもしれません。人口減を憂う声もありますが、個人の犠牲の上に成り立つ国家など、衰退していくのが自然の摂理でしょう。

視点を外へ、あるいは個へ

私が海外に目を向け、現在のパートナーと巡り会ったのも、そうした日本の「市場」への不信感が根底にあります。
彼女との関係には、相手を「ATM」や「種馬」として値踏みするような視線がありません。寄生するのではなく、共に生きる。子供や世間体のためではなく、パートナーとして向き合う。

もし、異性との関係に疲弊しているのなら、視点を外に向けてみるのも一つの解(ソリューション)です。もっとも、場所によっては日本以上に権利主張が激しい国もあるため、事前のリサーチは必須ですが。

そういった面倒な精査も含めて億劫だと感じるなら、最初から一人で生きることを前提に人生設計を行うのが、現代において最も賢明な選択なのかもしれません。
無理に相手を探す必要もなければ、「結婚」そのものを目的化した相手に消耗させられることもない。私の行動はバイアスに塗れている自覚はありますが、その偏った警戒心のおかげで、致命的なリスクを回避できている気もします。

年収や職業というスペックだけで人間性が切り刻まれる市場に留まり続けることが、果たして幸福な人生と言えるのでしょうか。

普段は社会と距離を置いている私ですが、珍しく外の世界を直視して改めて確信しました。少なくともそこには、このぜんざいのような甘美な救いは皆無のように思えます。

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