通勤ラッシュの疲弊と、「人間」という不確定要素を排除するAI活用

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通勤ラッシュのピークを避けようと時間をずらして家を出ましたが、日本の「社畜」の朝は想像以上に早いようです。
運良く座席は確保できたものの、車両に充満する人の多さ、澱んだ空気、そして周囲から発せられるピリピリとした無言の圧力に、物理的な体力以上に精神をごっそりと削り取られました。

駅に到着する頃には、既に一日分のエネルギーを使い果たしたような疲労感に襲われていました。もう、毎朝満員電車に揺られてオフィスへ通うという生活スタイルには戻れそうにありません。どう足掻いても、この環境は私の気質には毒すぎます。

生存のための必須条件

消耗したHPを回復させるため、いつものカフェに逃げ込みました。
喧騒から離れ、コーヒーを飲みながら思考を整理します。いずれは海外からのフルリモートワークへ完全に移行したいという強い願望があります。**すべては、パートナーと穏やかな日々を過ごすため。ここで消耗し続ける未来を回避するためです。**場所を選ばずに成果を出せる環境を構築すること。それが目下の最優先事項です。

そのための準備として、ローカルLLM(大規模言語モデル)の活用研究を進めています。単なる業務効率化だけが目的ではありません。
本業において「AIを実務レベルで使いこなす技術者」としてのポジションを確固たるものにしつつ、そこで得た高度な知見やスキルを、そのまま個人のプロジェクト(脱出のための基盤)へ反映させること。それが真の狙いです。

AIに全てを作らせるのではなく、ベースとなる構造やアイデアの羅列を任せ、後から人間(私)が細部を修正して仕上げるという分業体制。これを業務と個人の両輪で完結させるシステムの構築を目指しています。

「元・飼い犬」に噛まれるリスク

AIを参謀として重用する理由は、単なる効率化だけではありません。過去の苦い経験が、私を「人への依存」から遠ざけているからです。

ふと、昨年の出来事を思い出していました。「飼い犬に手を噛まれる」という言葉がありますが、私が耳にしたのは「元・飼い犬」に手を噛まれるといった類の話です。ビジネスにおける人間関係の脆さと、そのリスクについて改めて考えさせられました。
利害が絡んだ人間の振る舞いというものは、時に酷く醜悪です。恩義や信頼といった不確かなものは、金銭や自己保身の前では容易く崩れ去る。その現実を、まざまざと見せつけられた気分でした。

弱っている時ほど、食い物にされる

かつて、精神的に追い詰められ、冷静な判断力を失っていた時期に、安易にある人物を頼ってしまったことがあります。

今にして思えば、あれは詐欺師そのものでした。彼自身に資金などなく、補助金ありきの杜撰な計画や、巧みな話術で他者から資金を引き出す自転車操業。私は思考停止したまま、その手伝いをさせられていたに過ぎません。
「人」に救いを求めた結果が、この有様です。弱っている人間ほど、正常な判断ができず、他者の食い物にされやすい。あの苦い経験が、今の私の防衛本能を形成しています。

裏切らないパートナーとして

だからこそ、私は今、AIをパートナーに選んでいます。

AIは私の精神状態につけ込むこともなければ、搾取するための甘い言葉を囁くこともありません。こちらの指示に対して、ただ淡々と、論理的な最適解を返すだけです。
人間特有の「思惑」や「裏切り」が存在しないこの関係こそが、HSP気質の私にとって最も安全で安らげる距離感であり、理想的なビジネスパートナーの在り方なのかもしれません。

「人脈」や「繋がり」が資産だと言われる世の中ですが、私にとっては多くの場合、それはメンテナンスコストのかかる負債でしかありませんでした。
表面的なコミュニケーションはとりつつも、他者には依存せず、自分自身が生き残るための準備を、AIと共に進めるだけです。

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