人間嫌いだったわけではありません。むしろ逆で、人並みに人と関わり、人並みに期待し、人並みに傷ついてきたほうだと思います。
その積み重ねの結果として、ある時期からこう考えるようになりました。人間関係を広げることは、必ずしも善ではない、と。
「人脈は財産」「つながりを大切に」「出会いが人生を豊かにする」。こうした言葉は世の中に溢れています。間違いだとは思いません。実際に、人との出会いが人生を変えることもあるでしょう。ただ、それは人間関係の利益だけを見た話です。利益があれば、当然コストもあります。時間、お金、気遣い、感情の消費、価値観の摺り合わせ、期待への対応。そして、ときには裏切りや失望もある。年齢を重ねるにつれて、私は人間関係を「資産」としてだけではなく、「負債」や「リスク」の側面からも眺めるようになりました。
慎重になった理由の一つは、人は変わる、という当たり前のことに気づいたからです。感情も変わる。立場も変わる。関係性も変わる。今日の味方が明日の味方である保証はどこにもありません。恋人同士でも夫婦でも同じことです。愛情は消えることがあり、信頼は崩れることがあり、それが憎しみに変わることすらあります。悲観しているわけではなく、現実をそのまま見ているだけです。「絶対に信頼する」ではなく、「人は変わることがある」を前提にしたほうが、自分にとっては無理がありませんでした。
以前よりもプライベートを話さなくなりました。理由は単純で、話した情報は相手に渡るからです。全員が悪意を持っているとは思いません。ただ、人は変わりますし、関係も変わります。今日の善意が将来も善意のままとは限らない。だから、必要以上に語らない。ぼかす。事務的に対応する。そういう場面が増えました。冷たくなったというより、自分の精神的な安定を優先するようになったというほうが正確です。
人間関係で苦しむ原因の多くは、期待にあるのだろうと思います。わかってくれるはず。助けてくれるはず。誠実でいてくれるはず。変わらないでいてくれるはず。しかし現実には、人は期待通りには動きません。それに気づいてから、人への期待値をかなり下げました。すると不思議なことに、人間関係はむしろ楽になりました。期待しないから失望もしにくい。依存しないから執着もしにくい。相手をコントロールしようともしない。以前よりも穏やかに人と接することができるようになった気がします。
孤独を美化するつもりはありません。孤独な人が優れているとも思いません。ただ、「孤独=不幸」という決めつけにも違和感があります。人によって適切な距離感は違います。たくさんの人と関わることで満たされる人もいれば、少数の関係を大切にする人もいれば、一人の時間を必要とする人もいる。私はおそらく後者寄りで、交友関係を広げることよりも、静かな時間を確保することのほうが重要です。
最近よく思うのは、人間関係を減らすことと人間を嫌いになることは違う、ということです。むしろ逆かもしれません。過剰な期待をしない。過剰な信頼をしない。過剰に依存しない。だからこそ穏やかに接することができる。人類愛に目覚めたわけではありませんし、今でも人間は面倒だと思っています。それでも、自分にとって無理のない距離感を選ぶようになったことで、以前よりは落ち着いています。
人との距離を取ることは逃げではありません。少なくとも私にとっては、自分の生活を守るための現実的な選択です。
「つながりが多いほど豊かだ」という前提を、一度も疑わずに生きていける人は、それだけで恵まれているのだろうと思っています。