夢を見ました。
普段は起きた瞬間に霧散してしまうような曖昧なものばかりですが、今回は珍しく鮮明に覚えていました。
舞台は、大雨の後の川辺でした。
水位はようやく元に戻ったようでしたが、足元の地盤はまだたっぷりと水分を含んでいて、踏み込むと靴底が沈むような不安定な感触がありました。
私は目の前のガードレールのない沈下橋を渡り、対岸に向かいました。
川向こうの静寂と、泥だらけの土手
対岸には、一人の初老の男性がいました。
彼は腰を下ろし、静かに川面を眺めて佇んでいます。言葉を交わしたわけではありませんが、私は彼を「顔馴染み」だと認識していました。そこから先へ進むには、壁のように切り立った土手を登らなければなりません。
舗装された道はなく、ぬかるんだ土の壁を、手足を泥だらけにしながら登っていくしかありませんでした。服が汚れることも厭わず、ただ必死に上を目指していました。
気がつくと、先ほどまで佇んでいた初老の男性も、私のすぐ隣で同じように土手を登っていました。
頂上まであと少し、というところで、私は足元に致命的な違和感を覚えました。
土手が地割れを起こしています。ここから不用意に動けば、土砂崩れが発生するのは必至でした。
私は直感的に判断し、隣にいた男性に「私が動けば崩れるから、先に上がって引き上げてほしい」と伝え、彼を先に土手の上へと押し上げ安全圏へと逃しました。
そして私が土手を登り切ろうと身体を持ち上げた瞬間、予見した通り足元の土砂は音を立てて崩れ落ちていきました。
間一髪、男性の手助けもあり、私もなんとか登り切り、巻き込まれずに済みました。
Geminiが示した「初老の男性」の正体
あまりに具体的で示唆的な内容だったため、気になってGeminiと問答をしてみました。
私はスピリチュアルな夢占いや予知夢といった類の話を好みません。求めたのは、あくまで現在の精神状態や深層心理に基づいた、論理的・心理学的な解釈です。
Geminiの回答は、驚くほど腑に落ちるものでした。
まず、「川を渡りきっていた」という点。
これは私の中で、海外移住という決断が既に完了していることを示しているそうです。渡る過程ではなく「渡った後」から物語が始まっているのは、意識のデフォルトが既に「向こう側」にある証拠だといいます。
そして、「初老の男性」の正体。
彼は他人ではなく、「移住を完了し、老後を迎える未来の自分自身」の投影である可能性が高いとのことでした。
現在の自分が泥にまみれ、崩れる土手というリスクを引き受けてでも、未来の自分を先に安全圏へ送り出そうとしている。
資産形成や語学学習といった今の地味で苦しい準備期間を、脳は「必要なコスト」として正しく認識し、受け入れている状態なのだそうです。
泥にまみれる覚悟
言われてみれば、その通りかもしれません。
私は今、英語を学び、泥臭く準備を進めています。それは決して華やかな道ではありません。しかし、夢の中の私は、服が汚れることを一度も嘆きませんでした。ただ淡々と、登ることだけに集中していました。
夢が示したのは、不安ではなく「覚悟」だったのでしょう。
地盤は緩く、一歩間違えば崩れ落ちるかもしれない。けれど、泥にまみれる覚悟さえあれば、未来の自分を救い出し、ギリギリで生き残ることができる。
そう確信できたことで、また今日から淡々と準備を進める気力が湧いてきました。
誰かが用意してくれた舗装路を歩くのではなく、泥だらけになっても自分の足で登り切る。
その先にしか、私が求める平穏な老後は待っていないのだと思います。