560days 閑雲録

隠居したいわけではないことに気がついた

今お世話になっている今の職場は若手が多く、意識が高いというか希望と野望に満ち溢れている。

彼らはここで経験を積んで各々がビジネスパーソンとして巣立っていくんだろうなとも思う。

一方、自分はというとあいかわず疲れている。特に慢性的な倦怠感に苦しめられており、休日の外出も減ってきている。

それでもクソみたいな人間関係を一掃したことで、生活とメンタルは安定し始めている。

そんな中で、最近は隠遁生活への思いがますます強くなっている。

外に救いを求め散々な目にあったことで、意識が再び内側に向かっているのもあるが、ただ単にストレスを感じて疲れることが多いからだろうと思う。

ただ、隠遁者にありがちな積極的に俗世間との関わりを断つことで俗世間の価値観からの解放を目的にはしていない。

あらゆるものを遮断して徹底的に自分に向き合うとかそんなことには微塵も興味はないし、何かに没頭して何かを極めたいということもない。

自分の好きな趣味は続けたいし、こんな私でも声をかけてくれる人たちは大事にしたい。相手をそそのかして無償奉仕させようとする輩は論外だけどな。

隠居がテーマの本を何冊が読んでみたが、私は隠居生活が送りたいのではなくて、ただただ、ストレスを感じやすい環境から距離を置き、心安らかに日々を楽しみながら生きていたいだけなのだということに気がついたのだった。

おそらく居場所を外に求めたら自分には居場所はなく疎外感に苦しむことになる。自分が落ち着ける状態、ストレスが少ない状態を作ることが出来れば、今抱えている生きつらさ、生きることに向いていないという思い込みによる苦痛が和らぐように思う。

距離感を模索し実行・修正する日々が続きそうだ。

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