開発とAI活用スキルの賞味期限

AIをどう活用するか考えながら手を動かす日々

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機能の「引き算」とノイズの削除

自分用に開発した英語学習サイトの改修を続けています。 今回は機能追加というより、主に「引き算」の作業を行いました。具体的には、ログインボーナスや経験値といったゲーミフィケーション要素をすべて削除したのです。

一般的には学習継続のモチベーション維持に有効とされる機能ですが、私にとっては「自己嫌悪の増幅」や「劣等感」を生むノイズでしかありませんでした。 結果として、現在はストレスなく、自分が開発したサービスを使用して淡々と日々の学習に取り組めています。進捗や評価がない、ただの道具としての環境が私には合っているようです。

並行して、英語をイメージで記憶するためのWebサービス開発も進めていますが、こちらは難航しています。ローカルLLMで単語と画像を生成しようとしているのですが、生成される画像の精度が微妙で、まだ実用段階にはありません。ただ、技術的な試行錯誤そのものは続けています。

「AIを使いこなす側」も淘汰される未来

こうした開発を通して痛感するのは、AIの進化によるコーディングの変化です。 詳細な仕様書さえ用意できれば、ClaudeやCursorといった生成AIがほぼ完璧なコードを出力してしまいます。人間が頭を抱えてロジックを組み、コードを書く時間は、もはや不要になりつつあるのかもしれません。

最近よく耳にする「プロンプトエンジニアリング」や「スクリプトエンジニアリング」といった職能も、近いうちに飽和する気がしています。AIが自己進化し、自然言語のような曖昧な指示でも的確に動くようになれば、人間がわざわざ「AIへの指示出し」に習熟する必要もなくなるでしょう。「AIを使いこなす能力」そのものが、過渡期の一時的なスキルとして不要になる未来が見えます。

よく「AIに仕事を奪われるのではなく、AIを使いこなす人材になれ」と言われますが、その論調には違和感を覚えます。操作の障壁が消え、誰もが息をするようにAIを使えるようになった世界、あるいはAIが自律的に動き出した世界で、「使いこなす人間」に優位性など残るのでしょうか。

果たして、AIを使いこなす人間は本当に生き残れるのでしょうか。私には、彼らもまた、時間差で淘汰されるリストの列に並んでいるだけのように思えます。 実際、ニュースを見ればホワイトカラー職の採用抑制や解雇の話が増えています。生き残れるのは、AIを凌駕するごく少数の天才か、AIそのものを開発する側だけではないでしょうか。

沈みゆく船と、自分専用の一人乗りボート

私自身、もう若くはありません。今から肉体労働に転向できる体力も気力もなく、そもそもHSP気質の私が現場仕事の人間関係や騒音に耐えられるとは思えません。 では、どう生き残るか。結局のところ、今のうちに可能な限りの資産形成を行い、経済的な防壁を築くしかないという結論に至ります。

ビジネスを考えたとき、「誰かに教える」というティーチングビジネスも選択肢としてよく挙がりますが、私には不向きです。他者との関わりを極力減らしたいがために技術職を選んだ経緯があり、積極的に人を避ける傾向があります。今さら誰かのメンターになるつもりはありません。

長期的には悲観していますが、現在という「過渡期」に限って言えば、まだAIを使いこなす側に明確なアドバンテージがあるのも事実です。 この猶予期間を利用して次の一手を打ちます。それが「一人で完結できるサービス」の構築です。

他人に依存せず、組織にぶら下がらず、AIというレバレッジを効かせてシステムを作り、勝手に収益を生む仕組みを今のうちに完成させる。現在はアイデアを練りつつ、細々としたツールを作成して本業に転用して業務を効率化したり、趣味の延長で競馬予測システムの開発を試みるなどして、下地を整備しています。

組織にしがみついていれば安泰、という神話はとっくに崩れているように見えます。沈みゆく船の中で限られた席を争うよりも、多少心許なくても、自分専用の一人乗りボートを淡々と整備する方が、精神衛生上も良い選択だと思っています。

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