「人間を信用しない運用」という実験

どちらに転ぶかはわからない

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もう一年の半分が終わってしまいました。時間の流れを、ずいぶん早く感じます。

前半は実家で過ごしていたので、自分の作業にはあまり手をつけられていませんでした。戻ってきてからは、自分用に作った英語学習アプリを実際に使いながら、不具合の対応や改善点の改修に取り組んでいます。使いながら直し、直しながら使う。そうやって続けることで、英語の習得まで持っていければと考えています。

この仕組みは、自分の中ではわりと良いアイデアだと思っています。詳細はあえてぼかしますが、英単語やシーン別のセンテンスは、手元のパソコンで動かしているローカルのAIに生成させています。クラウドのサービスを呼んでいるわけではないので、トークンの利用料は発生しません。難しい思考をさせているわけではなく、日常で使う程度の英語のセンテンスを作らせているだけなので、それほど高性能とされていないモデルでも十分に対応できます。生成は、ある意味で無限にできます。自分が欲しいと思った機能を、その都度、足していく。今はそういう作り方をしています。
問題は、これを使って本当に習得できるのか、という一点に尽きます。そこはまだ分かりません。分からないまま、続けています。

それとは別に、AIのプロジェクトをいくつか立ち上げて、相談相手を増やしました。壁打ちをしながら進めているものが、いまは複数走っています。参謀のようなもの、という感覚です。

AIに依存していると言われれば、その通りです。ただ、人間の言うことはポジショントークで、そのままは信用できない、という感覚が今の私にはあります。動画を眺めていると、特にそう感じる場面が多くあります。もっとも、AIの返答にも事実と異なるものが混じることはあるので、ファクトチェックだけは欠かさないようにしています。そのあたりを日々調整しながら、運用を続けています。

人間を信用しないまま、日々の小さな決定を重ねていったら、どうなるのか。これは実験のようなものでもありますし、AIを使いこなす側に回るための練習をしている、とも言えます。しばらくはこの依存した状態が続くと思いますが、今はそのことを気に病まず、思うままにやってみるつもりです。

人の言葉をそのまま受け取ることのほうが、本当は危ういのではないか、と思うこともあります。
どちらに転んでも、決定には自分で責任を持て、ということなのだと思っています。

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