かつて回天訓練基地のあった大津島へ行ってきました-訓練基地跡-

なんとなく大津島へ行くことにしました。

大津島へ

大津島には93式酸素魚雷の試験場があったのですが、大戦末期に人間魚雷「回天」の訓練基地として知られていますね。

特攻の島、大津島へ船に乗って大津島へ。

港約20分で馬島港につきます。

大津島上陸

連絡船にのって約20分で到着港に大きな看板がありました。

供養塔すぐ近くに、回天で亡くなった人を慰霊する観音菩薩像がありました。

回天は大戦末期に登場した特攻兵器です。93式3型魚雷を転用した一人乗りの潜水艦で、箱館戦争の宮古湾海戦で活躍した回天丸から取って命名されています。

大津島を歩く島は整備されていてロッジが数棟ありました。夏になるとキャンプ客で賑わうのでしょう。この道を歩いて回天訓練基地へ向かいました。

回天を訓練基地へ運んでいたトンネル

回天訓練基地へと続くトンネルトンネルにやってきました。現在学校がある場所に回天の調整所があったそうで、そこから訓練基地へ運ぶのにこのトンネルを使っていたそうです。

トンネルの内部、調整所から回天を運ぶさいに使われていたとのことトンネルの内部、木板で枠を組んでからコンクリートを流し込んだのでしょう。

レール跡回天を運ぶためのレール跡。人力で押していたようですが、訓練の度に移動させていたのかな?

防空指揮所跡へ続く出口防空指揮所跡に続く出口。

防空指揮所跡から回天訓練基地を望む防空指揮所跡は岩場で当時をしのぶものはありませんでしたが、戦闘時はここからのぞいて指示をだすことを想定していたのでしょうか?それとも建物があったのかな?目の前に訓練基地跡がありました。

回天訓練基地跡

再度トンネルを通り回天訓練基地跡にやってまいりました。

回天訓練基地この遺構は93式酸素魚雷の発射試験を行う発射場として建設されたとのこと。

二階へあがる階段二階へ上がる階段。

93式酸素魚雷をテストしていた頃の名残真ん中の台座にはクレーンがあって、93式酸素魚雷を降ろしていましたが、回天はこのスペースには収まらないので別の場所で上げ下げしたようです。

クレーン跡クレーンの跡っぽいですね。これを使って練習用の回転を降ろしていたのでしょう。

来た道を戻って回天記念館へ向かいました。

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